古物商・質屋を始めて儲ける方法 

2012年 新しい時代のビジネス成功の原則

質屋を母体とするディスカウント小売販売店や古物・リサイクルショップと呼ばれる中古品やいわゆる新古品を扱う市場が活況を呈しています。

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「質屋」とは一体どんな商売なのか

ある程度の年齢の人なら、「質屋」を知らない方はいないでしょう。



お世話になった方も多いと思います。

そもそも質屋の「質」とは、お金を借りる証として、一定期間預ける家財等の物品のことで、質草とか質物と呼んでいました。

そして、この質を担保にお金の貸し付けを行う業者を質屋と呼んでいます。

質屋は、少額のお金を融通してくれる、言わば庶民の金融機関です。

この庶民性が、質屋が長い間人気を集めた要因と言えます。

「質屋700年」と言う言葉があるように、質屋の歴史は長く、そのルーツは、鎌倉時代にあると言われます。

当初は、「庫倉(くら)」と呼ばれ、室町時代には、「土倉」「土蔵」と呼ばれました。

そのころは、勃興し始めた酒屋が貸金業を始め、「酒屋土倉」と呼ばれるものもありました。

質草を保管するには、頑丈な倉が必要なので、酒屋がこの条件を備えていたことも、その要因と言われています。

ただ、質屋が現在のような形になるのは、江戸時代になってからです。

江戸時代の質屋は、古着、古道具、古鉄屋と共に、「八品商」にまとめられていました。

江戸町奉行の管轄下にあり、現在の古物商の仲間だったのです。

このころの質屋の数は、江戸中期の享保8年(1723年)の質屋組合創立時には、2731件が営業していました。

当時の江戸は、110万人の人が暮らす世界で1番の人口を有する都市でした。

ところが、明和7年(1770年)2000件に制限され、末期の嘉永4年(1851年)には、1752件まで減少しています。

同じころの大阪には、2420件もの質屋が存在しました。

因みに、大阪の質屋の息子で有名なのが、かの井原西鶴で、彼の晩年の代表作、「日本永代蔵」「西鶴織留」「世間皮算用」は、いずれも質屋を舞台とする人間関係を活写したものとして知られています。

ところで、江戸の質屋には様々なしきたりや決まりがあり、これがなかなかユニークな物です。

例えば、鎧兜といった武具類を質草に取ることは禁じられていました。

更に、将軍家の葵の御紋のあるものや諸大名や旗本の標識(紋所)のあるものを質に取ることも厳禁でした。

しかし、実際はこれらのものがゴロゴロしていたと言います。

また、ぜいたく品の所持は元々禁じられていたのですが、質草に金製や銀の金具の付いたものを市民から取る時は、質屋の通帳に「鍍金」と書き、銀製は、「4分の1」と書いたと言います。

更に、火消し屋敷のガエン(火消し人足)のふんどしに銭一貫文貸すのが慣例で、土蔵のないしょうかが火事を恐れて重要な品々を質屋に預け、金庫代りにしていました。

これは、火事が多かった江戸を象徴しています。

また驚くのは、質草になるのは、物品だけではなく、不動産(土地)もなっていたことです。

他の物品の預かり期間は、3カ月ないし8か月なのに対し、不動産は、何と10年でした。

近代に入り、質屋の営業も法制化され、明治28年(1885年)ぬは、「質屋取締法」が制定されました。

なぜ取締法かと言うと、質屋には、盗品や遺失物が持ちこまれることがあく、厳しくこれに対処するためでした。

このような背景からも、質屋と古物商が同じ仲間の商売であることがうかがえます。


質屋営業には、許可が必要―1950年質屋営業法制定

現行の「質屋営業法」が制定されたのは、1950年です。

この法律の制定で、質屋を始めるには各都道府県の公安委員会の許可が必要になりました。

質草の預かり期間(流質期間)は、質契約成立から3か月以上となりました。

また、利息は、「出資の受け入れ、預かり金及び金利等の取り締まりに関する法律」(出資法)で、最高限度額が、1日あたり0.3%、月9.0%と規定されました。

質屋とは、担保物品(質草、質物)をある一定期間預け、その物品価値相当の資金を借りるところなので、期限内に利息と元本を返済すれば、当然物品は返還されます。

もちろん、返済できなければ物品は戻りませんが、その代わりその後の債務は一切ありません。

これは、借りられるお金は少額でも、消費者金融やカードローンと異なり取り立ての恐怖がないことを意味します。

このような手軽さ便利さによって、質屋は戦後においても増加し続け、マーケットも拡大を続けました。

質屋のピークは、1958年で、全国には、21539店の質屋があり、都内のある質屋には、1か月に2300件もの質入れがあったと言います。

しかし、昭和40年代後半には、月300件ほどに減少しました。

質屋の減少はさらに加速し、1983年には、8715店とピーク時の半分以下に減少しました。

質屋減少の要因はいくつか考えられますが、マクロ的に言えば、高度経済成長の下で、一般市民の所得が大幅に改善されたことにあると言えます。

経済成長は、年金や保険等の社会保障制度を充実させて行く一方、各種金融機関の消費者金融への参入やカードローンやいわゆるサラ金と呼ばれた金融機関の興隆で、質屋の利用を抑えました。

更に、人々が質屋から遠ざかった原因は、質草に大きな変化があったことにあります。

高度成長期時代には、電気冷蔵庫、洗濯機、テレビ、ステレオ等の家電製品が多くの家庭に普及しましたが、これらの商品は大きくて運搬しにくく、質草に向いていなかったことが考えられます。

質屋の店舗数は、現在でも僅かながら減少しています。

総務省統計局の「事業所・企業統計調査」によれば、1991年の全国の質屋数は、4185でしたが、5年後の1996年には、3601店、更に、2001年には、3004店に減少しています。

最盛期と比べると、その店舗数は、実に7分の1まで減少しています。

質屋は、減少傾向と同時に、その態様も変化しています。

質屋も世代交代を通して、新たな組織への変更を大々的に図っています。

これは、質屋本来の業務から脱却し、個別に仕入れ・販売部門を設け、ディスカウントタイプの店舗への変身を図ることでした。

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